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妄想僕旅

ふらふらと街を歩いたり山を歩いたり妄想したり

一富士食堂の「肉吸い定食」

 目を覚ましたら異常に喉が渇いていて、冷蔵庫に入っている2リットルの水にそのまま口をつけ、思わず咽そうになる一歩手前ぐらいの勢いで喉を潤す。そしたら少し頭痛がすることに気付きはじめて、ああ昨日の最後のハイボールが余計だった、とか、そういやそもそも何時に帰ってきたっけ、とか、そんなことをぼんやりと思いだす。すると今度は腹が減っていることに気付くので、あれいま何時だと思い時計を見ると12時をすでに回っていて、そら腹も減るわなと思うとともに、今日もまた貴重な土曜日の午前中を無駄にしてしまった…と少し滅入った気分になるのである。

 

 そんな土曜日の昼食といえば決まって一富士食堂の「肉吸い定食」。

 

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 肉吸いとは何ぞや、という方に向けたシンプルな説明としては「肉うどんからうどんを抜いたもの」という、何それ?と思わせることこの上ない定型の説明があるんだけど、まあ概ね正しいからまずはそういったものだとご理解いただきたい。ただここのやつは豆腐と半熟状態の卵がはいっていて非常に優しい仕上がり。口にふくむ前から漂う出汁の良いかおりが、ふわりとしながらもカツオの存在感をゴリゴリに主張してきて、もう絶対に美味いということを確信させる。

 

 まずはひと口だけレンゲにすくって、火傷しないようにそうっと流し込む。至福。頭痛が少し和らいだ気さえするし、実際食べ終わるころにはだいたい元気になっている。隠し味的に使われている山椒がまた小気味よくはたらくので、「山椒は小粒でもピリリと辛い…」と毎度毎度おなじ諺を脳内でリフレインさせてしまうあたり、一種の中毒状態に陥っている可能性は否定できないが…。

 

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 「まるで昭和で時が止まったみたい」などと表現されることがあるが、この店はまさにそれで、実に正しく「昭和の定食屋」だと思う。恐らくはご家族三世代で経営されていて、そんなところも昭和っぽい。先日は14時過ぎと少し遅い時間に入ったら客が僕だけで、配膳されてきた肉吸い定食をすすっているとお店の方がみんなテレビ前の席に座って食い入るように観始めた。ノルウェーだかどこかの漁師町でロケをしている番組。僕の位置からは良く観えなかったので詳細はわからないんだけど、みんな口々に感想をこぼしながら完全に一家団らん状態で、まるで他所の家の居間にお邪魔してご飯を食べているみたいな感じになった。でもそれが全然嫌じゃなくて、むしろ不思議と懐かしく温かい気持ちに浸れて、何だかこの店ドラマみたいだなあ、なんて思ったりした(ちなみにテレビも地デジ対応の薄型液晶のやつなんだけど一昔前のモデルで、かつ店のサイズ感に対して小さすぎて、妙にレトロ感がある)。

 

 こういった形で残る定食屋が日本全国に一体いくつあるのかは知らないけれど、少なくともこのまちにはこの店が残っている。そのことに強く感謝をしながら、来週の土曜日こそはちゃんと午前中から起きてランニングをして洗濯をして掃除をしよう、と、自転車を漕ぎながら強く決意をした。

 

今年に入って既に2回目の決意。

仕方ないですやん、美味いんやもん。